昭和35(1960)年の創業から手作業で雛人形や市松人形の製作を手がける、人形工房松寿(株式会社松よし人形)。伝統的な職人技を守りながらも、人形づくりの文化や価値を広げるために、新たなモノづくりの可能性を探し続けている。「衣裳を着せるときに生地の柄をきちっと合わせたり、縫い目が見えないように縫製するのは、人の手でなければできません。こうした伝統の技を守りつつも、新しい人形のカタチを模索しています」と話すのは、代表取締役社長の小出 道子さん。
小出さんは、大学卒業後、ファッション業界で色彩や美への感性を学んだ。そして、父の松寿さんが経営する会社を引き継ぐことを決意し、平成16(2004)年に入社。雛人形や市松人形の製作に従事しながら、製品企画なども手がけていく。人形づくりに向き合うなかで、小出さんは少しずつ職人の技に魅了されていったという。「幼い頃から工房に出入りして、何気なく人形づくりを見ていましたが、仕事として取り組むようになってから、改めてそのすごさに圧倒されました。『こんなところまで細かくつくるの?』って驚くことばかりで、この価値をしっかりと届けたいと強く思いました」。
折ったり、重ねたりする際、衣裳の柄が合うように見せるのも職人ならではの技。細部にまでこだわる姿勢が見た目の美しさにつながる。
雛人形は、頭をつくる頭師(かしらし)や、頭に髪を植え整える髪付師(かみつけし)など、パーツによって細かく仕事が分類されている。それぞれの職人から納品されたパーツをもとに小出さんを含む6名の「節句人形工芸士」をはじめとする職人たちが、立派な雛人形に仕上げていく。
「節句人形工芸士」とは10年以上のキャリアがあり、実力のある職人にのみ与えられる資格で、1つの工房で6名も在籍しているのは非常に珍しいという。高品質な人形をつくり続けられるのも優秀な人材が集う、松よし人形だからこそできるのだ。
「今は優秀な職人さんでも廃業にされる方が増えています。伝統を引き継いでいけるのは人があってこそ。職人さんの仕事の創出にも力を入れています」と小出さん。
父の松寿さんが考案したパーツごとに収納場所を記載した箱。
先代社長で父の松寿さんは、伝統を重んじながらも、挑戦を繰り返す人だったそう。「飾った後の収納方法に困るお客さんのために、配置がわかる梱包箱を開発するなど、さまざまなアイデアを形にしてきました。常に考える姿勢は勉強になりましたね」。
店長の面高 定子(おもたか さだこ)さん。節句行事や節句人形に関する豊富な知識をもつ「節句人形アドバイザー」の資格を有している。
そんな父の姿を見習い、小出さんが取り組んだのはクリスタルをちりばめたきらびやかな衣裳や、イタリア、ベトナム、フランス、ブラジルなど、海外のデザイン性豊かな生地も大胆に取り入れた衣裳も手がけている。「今の暮らしにフィットするような人形も需要があるのではと思い、海外の生地を扱うようになりました」と、新たなニーズを取り入れることも大切にしている。
こうしたモノづくりの文化をもっと若い世代にも伝えていくために、積極的に取り組んでいるのが、工房見学やワークショップ。人形づくりの技を身近に感じ、この価値を直接伝えられる機会として、小出さんは今後も続けていきたいと話す。
「若い方は目をキラキラさせながら職人さんの手元を見ていますよ。人形づくりの面白さはもちろんですが、モノづくり自体に関心を向けてほしいと思っています。それが、過去から受け継ぐ伝統文化を守ることにつながっていくのではないでしょうか」。
伝統的な職人技を継承しながら
モノづくりの新たな可能性を求める